令和6年(受)第275号
第二次世界大戦戦没者合祀絶止等請求事件
令和7年1月17日
第二小法廷判決
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/704/093704_hanrei.pdf
2025年1月17日、最高裁判所第二小法廷は、靖国神社への合祀を巡る国家賠償請求訴訟において、原告である大韓民国籍の遺族らの上告を棄却する判決を下しました。この裁判は、国家が戦没者の情報を靖国神社に提供し、遺族の了承を得ずに合祀した行為の違法性が争われたもので、政教分離の原則と損害賠償請求権の除斥期間が主な焦点となりました。
※合祀(ごうし)とは、遺骨を他の人の遺骨と一緒にする埋葬方法のこと。
裁判の背景
この訴訟は、第二次世界大戦で戦没した軍人・軍属の遺族である原告らが、国が遺族の同意なしに故人の情報を靖国神社に提供した行為は違法であると主張し、慰謝料などの支払いを求めたものです。原告らは、この情報提供行為が、自身の信仰生活の静謐や遺族としての自己決定権を侵害すると訴えました。
裁判所の判断
最高裁は、原審の判断を支持し、原告らの損害賠償請求権は、民法724条後段の除斥期間が経過していると判断しました。この除斥期間とは、不法行為による損害賠償請求権が一定期間の経過によって消滅する制度です。
除斥期間に関する争点
• 除斥期間の起算点: 原告側は、情報提供行為から相当期間が経過した後に精神的損害が生じたため、損害発生時を除斥期間の起算点とすべきと主張しました。
• 信義則: 原告側は、除斥期間の適用が著しく正義・公平の理念に反すると主張し、除斥期間の主張が信義則に反すると訴えました。
しかし、裁判所は、除斥期間の経過が明らかであり、信義則に反するとまでは言えないと判断しました。
裁判官の意見
• 多数意見: 被告の情報提供行為が違法であったとしても、除斥期間の適用を免れることはできないとしました。
• 裁判官尾島明の補足意見: 情報提供行為による損害は、個人の生命や身体に対する侵害と比較して軽度であり、原告の権利行使を妨げた事情も認められないため、除斥期間の主張が信義則に反するとまではいえないと述べました。
• 裁判官三浦守の反対意見: 原審の判断は、国家賠償法1条1項の解釈適用を誤り、必要な審理を尽くしていないと指摘し、原判決を破棄して原裁判所に差し戻すべきとしました。
◦三浦裁判官は、国家には信教の自由がなく、政教分離規定に違反する行為によって個人の人格的利益が侵害された場合、国家賠償責任を負うべきだと主張しました。
◦また、情報提供行為は、靖国神社の合祀を促進するために不可欠であり、国家が宗教的活動を援助する行為に該当するとしました。
◦さらに、原告らの人格的利益は、現在も侵害が継続している可能性があり、損害が発生した時点を除斥期間の起算点とすべきだと主張しました。
◦三浦裁判官は、本件のような状況では、法律関係を安定させることよりも、被害者の救済を優先すべきだとしました。
裁判の根拠となった法律
この裁判の主な根拠となった法律は以下の通りです。
1.国家賠償法1条1項: 国の公務員の違法な行為によって損害を受けた場合、国が賠償責任を負うことを定めています。今回の裁判では、国による情報提供行為が違法かどうかが争点となりました。
2.民法724条後段: 不法行為による損害賠償請求権は、被害者が損害と加害者を知った時から3年、または不法行為の時から20年で消滅する(除斥期間)。最高裁の判決では、この除斥期間の適用が争点となりました。
3.憲法20条3項: 国の宗教的活動を禁止する政教分離の原則を定めています。この裁判では、国の情報提供行為が政教分離の原則に違反するかどうかが争われました。
4.憲法13条: 個人の尊重、幸福追求権を保障しています。
5.憲法20条1項: 信教の自由を保障しています。
まとめ
今回の最高裁判決は、靖国神社への合祀というデリケートな問題を扱い、政教分離と個人の権利、損害賠償請求権の除斥期間という重要な法的論点を提起しました。
多数意見は、除斥期間の適用を重視しましたが、少数意見は、個人の権利保護と公平な救済の必要性を強調しました。
この判決は、今後の類似訴訟や政教分離に関する議論に大きな影響を与えると考えられます。