風力発電反対運動と警察の違法な個人情報収集:名古屋高裁判決を解説

令和4(ネ)287  大垣警察市民監視国家賠償、個人情報抹消請求控訴事件
令和6年9月13日  名古屋高等裁判所  岐阜地方裁判所

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/569/093569_hanrei.pdf

静かな町の嵐:風力発電事業と警察の情報収集活動の闇

岐阜県大垣市の静かな山間部に、突如として吹き荒れた嵐。それは、風力発電事業計画を巡る住民と事業者、そして警察を巻き込んだ激しい争いだった。令和6年9月13日、名古屋高等裁判所は、この争いに一つの終止符を打つ判決を下した。

判決は、岐阜県警が風力発電事業に反対する住民の個人情報を収集し、事業者のシーテック社に提供していた行為が違法であると認定。原告である住民側の請求を認容し、県に慰謝料の支払いを命じた。

この判決は、一見平和に見える地方都市の風景の裏側で、公権力がどのように私人の生活に介入し、その自由を侵害する可能性があるのかを浮き彫りにした。

風力発電事業計画に対する住民の反対運動

事件の発端は、シーテック社による風力発電事業計画に対する住民の反対運動だった。 事業計画地である大垣市の住民らは、風力発電による騒音や低周波、景観への影響、生態系への悪影響などを懸念し、計画への反対を表明した。 住民らは、説明会や勉強会を開催し、新聞やメーリングリストを通じて情報発信を行うなど、活発な反対運動を展開した。

しかし、この住民運動に対し、大垣警察は、シーテック社との情報交換会という形で、密接な関係を築いていた。 大垣警察は、これらの情報交換会の中で、反対派住民の氏名、年齢、職業、活動内容、思想信条、さらには家族構成や交友関係といった、プライバシーに関わる情報を、シーテック社に提供していたのである。

裁判所は、大垣警察の警察官らが、反対派住民を「風力発電のみならず自然に手を入れる行為自体に反対する人物」、「頭もいいし、喋りも上手であるから、このような人物と繋がるとやっかいになる」 などと表現し、偏見に基づく情報を提供していたことを問題視した。

裁判の根拠となった法律

裁判の根拠となった法律は、大きく分けて「憲法」と「警察法」である。

憲法13条は、個人の尊重と幸福追求権を保障しており、裁判所は、この条文から、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由、そして、その前段階である個人情報の収集及び保有についても、個人の私生活上の自由を侵害するようなものは許されない自由が保障されると解釈している。

憲法19条は、思想・良心の自由を保障している。裁判所は、大垣警察が反対派住民の思想信条に関連する情報も収集していたことを、この条文に反する行為と判断した。

憲法21条は、集会・結社・表現の自由を保障している。裁判所は、警察が市民運動やその萌芽段階にあるものを危険視して情報収集や監視を続けることは、この条文に反すると指摘した。

警察法2条2項は、「警察の活動は、不偏不党且つ公平中正を旨とし、日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用してはならない」と規定している。裁判所は、大垣警察が風力発電事業者を支援し、反対派住民の活動を妨害する目的で個人情報を収集・提供したことは、この条文に違反する不公平な行為であると判断した。

警察の違法行為

裁判所は、大垣警察の情報収集活動が、これらの憲法および法律の規定に違反する違法な行為であると断じた。

そして、原告である住民らの精神的苦痛を認め、慰謝料100万円、弁護士費用10万円、遅延損害金の支払いを命じた。

この判決は、公権力による情報収集活動のあり方、そして市民のプライバシー保護の重要性を改めて問うものとなった。

風力発電事業計画は、その後も地域社会に影を落とすことになるが、この判決は、住民運動に対する公権力の介入の危険性を示すものとして、記憶されるべきであろう。

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